トップ啓翁桜系統間における遺伝的変異の調査 山形大学農学部 江頭宏昌博士

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(石井重久)
 本調査は2002年山形県アグリベンチャー事業により、山形県ならびに山形市の支援のもとに行われました。謹んで謝辞申し上げます。
 本調査に基づき山形県内に普及した商品啓翁桜としての「原種啓翁桜」また九州よりの敬翁桜の変異系としての系統分類識別名としての「山形1系敬翁桜」として異名同体のまま、JFC石井農場が原木を保有していることを宣言します。

本報告は石井重久から山形大学農学部江頭宏昌助教授への受託研究として実施され、分析と本文は同氏によるものである

石井重久 様

受託研究報告書

「啓翁桜系統間における遺伝的変異の調査」

平成1710月1日

山形大学農学部
江頭宏昌

緒言

 昭和5年、福岡県久留米市山本の良永啓太郎氏が中国オウトウを台木にしてヒガンザクラを接いだところ、穂木として使ったヒガンザクラからその枝変わりとしてできたのが敬翁桜である。敬翁桜の名前は、もともと同地の弥永(やなが)太郎氏が良永氏に敬意をこめて命名したものである。その後、啓翁桜なる名称の誤記が一般に普及してしまい現在に至っている。

 山形県で現在行われている啓翁桜の促成栽培は昭和40年代半ばから始まり、現在も市場において高い人気を博している。山形県の啓翁桜も元は福岡県の敬翁桜を導入したものであるが、約40年間栽培が続けられるうちに枝変わりと考えられる系統がいくつか見出されてきた。その一つである、石井久作が1995年に見出した標準啓翁桜(別名 啓翁桜、あるは山形1系敬翁桜)は最も樹勢が強く花付きの良い系統である。現在山形県で栽培されている啓翁桜はこの標準啓翁桜が大部分である。

 そこで山形県内で広く栽培されている標準啓翁桜は九州の敬翁桜系統と遺伝的な差異が存在するのか否か、その他の啓翁桜変異系統は標準啓翁桜や敬翁桜系統とどのような関係があるのかについて、Williams et al.(1990)によって用いられるようになったDNAマーカーの一種であるRAPDマーカーを用いて遺伝的な差異を調査した。

材料および方法

 供試材料

 供試した啓翁桜系統は山形県の系統として標準啓翁桜’(石井久作選抜 啓翁桜’=’山形1系敬翁桜’)、九州の系統として敬翁桜’(弥永太助氏提供、弥永太郎氏保存木より増殖苗、弥永太郎氏は敬翁桜と命名したとのことで区別のためそのまま用いる。)をもちいた。さらに啓翁桜の変異を比較するために、変異系統初夢吹雪山形おばこ、および彩久作を加え、啓翁桜系統とは異なる‘大山桜’も対照として材料に加えた。DNAの単離には、葉芽のついた切り枝を室内で水栽培して保温し萌芽してきた若い葉を用いた。

 DNAの単離

 サクラの葉は多糖類を多く含んでいるためか、通常の単離方法で葉をホモジナイズした溶液は高い粘性を示し、精製したDNAも褐色になるなど純度の高いDNAを単離するのは困難であった。そこで山本・林(2001)が報告している界面活性剤を用いたモモのDNA単離法を修正して単離した(添付資料1参照)。

 RAPD分析

 13種類のランダムプライマー(WAKO NIPPON GENE Arbitary Primer Set AAP-A-1, 2, 5, 7, 12, 14, 15, 16, 18, 19, 22, 24および25)を用いてPCRを行い、増幅産物のアガロースゲル電気泳動を行うことによって得られるDNA断片のバンドについて、300?1500bpの範囲で各系統固有のDNAマーカーになりうるDNA断片を探索した。多型の得られたプライマーについてはもう1反復、計2回増幅を行い再現性をチェックした。

PCR反応を行った1チューブ当りの反応液組成は,25mM MgCl2 0.8μl2.5mM dNTPs mixture 0.8μl0.4μM プライマー 1.0μlTaq polymerase (TaKaRa Ex Taq TaKaRa) 0.25U10× Ex Taq buffer 1.0μl,テンプレート DNA 10ngを,超純水で10μlに定量したものとした.DNAの増幅にはGeneAmp? PCR System2700 (Applied Biosystems) を用い,PCRの反応条件はPredenaturation 93 3分,DenaturationAnnealingExtensionをそれぞれ93 1分,401.5分,72 2分で45サイクル,Final extension 72 5分に設定して行った.PCR産物の電気泳動は,0.5×TAE bufferを満たした泳動槽中で約50分間,100Vの条件で行った.泳動の際には,TAE buffer 2%アガロースゲル(Agarose SNippon GeneJapan)およびDNAラダーマーカー(100bp DNA LadderTOYOBO)を用いた.電気泳動後,ゲルをエチジウムブロマイドで染色し,紫外線照射下でバンドの観察および写真撮影を行った.

結果および考察

 供試した13種類のプライマーのうち、啓翁桜系統間の多型を示さなかったプライマーはAP-A-2, 14, 15, 19, 22および24であった。それ以外のプライマーは多型を示したが、AP-A- 7は増幅が悪く、AP-A- 25はメインバンドの出方が不安定であったため使えなかった。結果として啓翁桜系統間の識別に使えたプライマーはAP-A-1, 5, 12, 16および18で、これらのプライマーによって得られたDNAマーカー(RAPDマーカー)は26個であった(表2)。

 各系統におけるRAPDマーカーのバンドパターンを表2に示した。敬翁桜と標準啓翁桜間の違いは26個のマーカーのうちAP-A-1-320およびAP-A-5-1250の2個のみで、いずれも敬翁桜になく、標準啓翁桜に存在するマーカーであった。この結果は敬翁桜と標準啓翁桜とは近縁であるが遺伝的に異なる部分が存在することを示しており、クローンではないといえる。

 一方、変異系統と啓翁桜とを比較すると、山形おばこ26個のDNAマーカー全てについて標準啓翁桜と全く同一の遺伝子型を示したことから、標準啓翁桜のクローンそのものか、あるいは標準啓翁桜から出た突然変異系統、つまり標準啓翁桜と極近縁の系統であると考えられた。初夢吹雪AP-A-1-320マーカーについては敬翁桜型、AP-A-5-1250マーカーについては標準啓翁桜型であった。この事実から、敬翁桜と標準啓翁桜との雑種である可能性も完全には否定できないが、極近縁でそのいずれもヘテロ接合性が高い敬翁桜と標準啓翁桜間でもし交雑したとすれば、片親を自殖したかのごとく各マーカー座は両親とは異なる多様な遺伝子型を示す子孫が生まれるはずである。そのことを考慮すると、初夢吹雪は敬翁桜と標準啓翁桜とが交雑してできた子孫であるというよりは、標準啓翁桜がAP-A-1-320マーカー部位に劣勢突然変異を起こしたものと考えるほうが自然であろう。彩久作AP-A-1-320マーカーとAP-A-5-1250マーカーについては標準啓翁桜の遺伝子型を示したが、AP-A-5-600AP-A-12-500AP-A-16-1350およびAP-A-18-1100マーカーの遺伝子型については敬翁桜型でも標準啓翁桜型でもない彩久作独特の遺伝子型を示した。これらの結果は標準啓翁桜と何か他のサクラが交雑してできた雑種であることを示していると考えられた。


参考・引用文献

山本・林(2001)モモのマッピング.佐々木卓治ら監修「植物のゲノム研究プロトコール」秀潤社、pp.221-227

Williams, J. G. K., A. R. Kubelik, K. J. Livak, J. A. Rafalski and S. V. Tingey (1990) DNA polymorphisms amplified by arbitrary primers are useful as genetic markers7. Nucleic Acids Research 18: 6531-6535.


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